だまされたっていいんだよ

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semスキン用のアイコン01 人生の凱歌 semスキン用のアイコン02

  

2009年 02月 24日

昨日載せた代悲白頭翁という漢詩、なぜ覚えているかというとこの漢詩自身がリズミカルに韻を踏んでいて覚えやすかったからかもしれません。
ラクヨージョトートウリノハナ・・・と今でも口ずさむことができます。

ところで、この口語訳を見るとリズミカルで美しい漢詩なのに、文意が老人の回顧主義であったり、奢れる者は久しからずと栄枯盛衰の無常を詠っているようにもみえますが、はたしてそうでしょうか。

応憐半死白頭翁-どうかこの半ば死にかけた白髪の老人を憐れんでください
伊昔紅顔美少年-これでもつい昔は紅顔の美少年だった
三春行楽在誰辺-あの春の日の行楽はどこへ行ってしまったのか

確かに、何回も自分は哀れだ、昔は良かったと書いています。

私は、漢詩の専門家でもなければ調べたわけでもないのですが、これがこの詩の言わんとしていることではないと思えるのです。
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私の勝手な解釈は次の通りです。専門家に見られたら笑われるでしょうが。

この白髪の老人は、このときは過去の栄光の時代と比べれば惨めな境遇にいるのですが、本当に悲しんでいるわけではないのです。
むしろ裏では舌を出して、ケッケッケと笑っているような気がします。

「今は惨めな境遇を人に晒しているが、私にも様々な輝く時代があった、それを経験して生きてきたんだよ。
なにも私の輝く時代のことをあなたに言っていばりたいわけじゃない。だいたい今の私は威張れるような状態ではないもの。
しかしそれは私自身が満足であったということだ。
自分が若かりしころ華やかな生活があったことは私の満足であり、その満足を今、人に言うことが出来ることは私がこうして生きているからだ。
凱歌は生きているから歌えるのさ。死んでしまったら歌えない。
そして私はまだ明日も生き続けて今日のことをまた誇らしく振り返るだろう」


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by travel-arrange | 2009-02-24 22:50 | バンコクの風景