だまされたっていいんだよ

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semスキン用のアイコン01 血の館、ヴィラ・ヒューゲル semスキン用のアイコン02

  

2013年 10月 30日

歴史に興味がない私ですが、ドイツに行ったら他に書くこともありません。

WIKIからコピーアンドペーストで大邸宅ヴィラ・ヒューゲルの当主クルップ一家のことを書きましょう。
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このクルップさんが興したクルップ(Krupp )は、ドイツのエッセンにある長い歴史を持つ重工業企業であります。ご多分に漏れず大企業と大企業が合併して超大企業になる今の世の中ですから1999年にティッセン社と合併し、ティッセンクルップが誕生。巨大な工業コングロマリットとなっております。
とはいえ、私の仕事とは業界違いのせいか聞いたことがない企業名です。
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初代はフリードリヒ・クルップ(1787年-1826年)でして、エッセンに、ライン川の水力を動力とする小さな工房を構えたのが大企業の源流であります。
彼はその工房で鋼鉄の鋳造による製造を試みましたが技術的な難関を乗り越えることができず、借金を重ねたのち39歳の若さで貧困のうちに窮死した。
彼が死んで14歳だった長男のアルフレート・クルップ(Alfred Krupp、1812年-1887年)に引き継がれました。
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二代目のアルフレートは数年のあいだ工場にこもって研究を重ねたのち、ついに鋳鋼の製造に成功しました。
彼は細々と工具や食卓ナイフ、スプーンの製造を始めました。
柄に花などの模様のあるスプーンを最初に作り出したのはクルップです。
なるほど、私の家にある安物スプーンも模様が付いていますから私もその恩恵にあずかっているのですね。
のちには貨幣の鋳造機や蒸気機関車の車輪の製造を開始し、軌道に乗りました。
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1887年に父アルフレートから工場を受け継いだ三代目フリードリヒ・アルフレート・クルップ(うーん、じいちゃんと父ちゃんの二つの名前をただくっつけたという安易な名前)は兵器生産を始めました。
やっぱり成り上がるのには軍需産業への加担が不可欠だったわけですね。
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この三代目フリードリヒ・アルフレートはフラ・フェリーチェ団というサークルに所属していました。
そのサークル主催の洞窟での会合や様々な祝宴が、若い青年の乱交パーティだったとジャーナリストが書き立てました。
そしてこの三代目をイタリアの新聞「プロパガンダ紙が彼の少年愛を告発し、さらにドイツの新聞「フォアヴェルツ」紙が彼を同性愛者だと断罪しました。
その1週間後の11月22日、フリードリヒ・アルフレートはエッセンの本邸ヴィラ・ヒューゲルにおいて自殺したのだそうです。
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おお、ここは三代目が自殺した血の館だったのです。
この階段のあたりでしょうか。
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2階に上がると邸宅とはいえ、まるで大きな教会のドームのような建物です。
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by travel-arrange | 2013-10-30 21:34 | ドイツにて